遺伝子特許出願に対する三極特許庁の審査運用の違い(1)

 

出典 Comparative study on biotechnology patent practice

     (以下の内容の詳細を知りたいときは、上のホームページにあたってください。)

 

検討項目

(1)DNA断片の特許性(有用性、実施可能要件、新規性、進歩性)

(2)発明の単一性

 

結論

(1)DNA断片の特許性

・機能や具体的有用性を示さない単なるDNA断片には、特許性がない。

・具体的有用性(例えば特定の疾患診断用プローブとしての使用)が開示されている発明は、他に拒絶理由がないかぎり特許性がある。

JPO, EPOの場合、予期しない効果を示さず、慣用方法で得られ、既知の機能を有するタンパク質をコードする既知のDNAとの高い相同性に基づいて構造遺伝子の一部であると推定されるDNA断片は、特許性がない。一方、USPTOの場合、明細書が有用性を明示していない場合に、上記DNA断片に特許性がない。

 

(2)発明の単一性

DNA断片が同一源に由来するという事実だけでは、単一性の要件を満たすのに充分でない。

 

事例

記号の説明

JPO:日本特許庁、 EPO:欧州特許庁、 USPTO:米国特許商標庁

○:合格、 :疑わしい、 ×:不合格

 

特記事項

有用性に関し、JPO, EPOでは産業上利用性と読み替える。

 

(1)DNA断片の特許性

事例A

[請求項]

配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド。

 

[発明の詳細な説明]

請求項に記載されたポリヌクレオチドは、ヒト肝臓cDNAライブラリーから得られた500塩基のcDNAである。

 

ポリヌクレオチドは、全長DNAを得る一段階においてプローブとして使用できる。しかし、そのDNAと対応するタンパク質に関する記載はない

 

[先行技術調査結果]

配列番号1で表されるポリヌクレオチドと相同性の高い塩基配列は知られていない。

 

有用性

実施可能要件

新規性

進歩性

総合

JPO

×

×

×

×

EPO

×

×

USPTO

×

×

×

JPO

産業上利用性―商業上利用可能(commercially applicable)か否かが問題となる。

実施可能要件―物を作れ、かつ産業上利用可能な方法で使用できることが重要。事例Aの場合、全長DNAによってコードされるタンパク質の機能や生理活性の記載がなく、また全長DNAの産業上利用性が推定できない。

進歩性―ヒト肝臓などの材料を選択し、cDNAライブラリーを構築することに技術的困難性はないので、当業者には慣用方法でcDNAライブラリーを作ることやそのライブラリーからランダムに得たcDNA配列を自動シーケンサーで分析することは自明である。DNAが構造遺伝子の一部と推定されるのみで、DNAの機能や生理活性に関する記載もない以上、DNAの有利な効果を認識できない

EPO

産業上利用性―請求項に記載の全長500塩基のポリヌクレオチドを作れるのが明らかなら、産業上利用性の要件は満たされる。しかし、ESTとしていかなる機能も有さないなら、利用され得ないので産業上利用性は満たされない。

実施可能要件ESTは、DNA合成機で容易に化学合成できるので、配列情報のみでも実施可能要件を充分に満たしていると考えられる。

進歩性―プローブ用のような一般的に使える記載では、技術課題の定義において差違がない。この機能はすべてのDNAに当てはまり、特徴のある効果を提起していないからである

USPTO

有用性―ポリヌクレオチドは、構造遺伝子を含む全長cDNAを得るプローブとして有用と開示されているが、該遺伝子によりコードされるタンパク質の構造と機能は未知である。請求項に記載されたDNAに関する有用性は、全長構造DNAを得る方法のみである。この方法が具体的に有用であるか否かを決定するために、全長DNAが具体的有用性を持つか否かを調べる必要がある。最終生成物を作ることのみに使用する出発材料は、最終生成物が具体的有用性によって支持されていない場合、具体的に推定される有用性を持っていない

実施可能要件―配列番号1のポリヌクレオチドは有用性を欠き、必然的にポリヌクレオチド使用の要件を欠く。

 

 

事例B

[請求項]

配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド。

 

[発明の詳細な説明]

請求項に記載されたポリヌクレオチドは、ヒト肝臓cDNAライブラリーから得られた500塩基のcDNAであり、相同性検索の結果から、ヒトタンパク質Xをコードする構造遺伝子の一部であると推定される(ポリヌクレオチドは、ラット由来のタンパク質Xをコードする構造遺伝子の一部と95%の相同性を示した。対応するアミノ酸配列もまた、ラットタンパク質Xのアミノ酸配列と95%の相同性を示した。)

 

ポリヌクレオチドは、全長DNAを得る一段階においてプローブとして使用できる。

 

[先行技術調査結果]

ラットタンパク質Xをコードする全長DNAは2400塩基であり、ラットタンパク質XをコードするDNA配列は公知であった。

 

有用性

実施可能要件

新規性

進歩性

総合

JPO

×

×

EPO

×

×

USPTO

×(

×(

×

JPO

進歩性―一定のタンパク質をコードするDNA配列は哺乳類間で高い相同性があるので、ハイブリダイゼーション法により非ヒト哺乳類のタンパク質をコードする部分DNAを用いて、同一タンパク質をコードするヒトDNAを単離することは常識である。よって、ラットタンパク質Xをコードする部分DNA配列をプローブに用いて、ヒトタンパク質XをコードするDNAを単離することは自明である。また、DNAは、構造遺伝子の一部と推定されるだけで、DNAの有利な効果を認識できない以上、本発明に進歩性はない。

EPO

産業上利用性―事例Aに同じ。

実施可能要件―事例Aに同じ。

進歩性―既知のラット遺伝子をプローブに使用して少なくとも一部の対応ヒト遺伝子をクロス−ハイブリダイゼーションで単離することは定型のことと考えられる。意外/有利な特性がない場合には、進歩性を認識できない。

USPTO

有用性―有用性は出願明細書の開示で決まる。配列番号2のポリヌクレオチドとラット構造遺伝子との相同性によって、このポリヌクレオチドがラットタンパク質Xに相当するヒトタンパク質をコードするヒト遺伝子を単離するための有用性をもつ場合、有用性要件は満足されているかもしれない。そのような推定がない場合には、具体的な有用性に欠けている。

実施可能要件―実施可能要件は、請求項に記載のポリヌクレオチドが具体的有用性を有するか欠くかによる。ポリヌクレオチドが具体的有用性を欠く場合、明細書は、当業者に特許法第112条第1項に要求するような発明の使用を教示できない。

 

 

事例C

[請求項]

配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチド。

 

[発明の詳細な説明]

請求項に記載されたポリヌクレオチドは、ヒト肝臓cDNAライブラリーから得られた500塩基のcDNAである。

 

配列番号3の塩基配列に対応するアミノ酸配列はグリコシル化部位を有していることから、そのポリヌクレオチドは糖タンパク質をコードする構造遺伝子の一部であると推定される。

 

ポリヌクレオチドは、全長DNAを得る一段階においてプローブとして使用できる。

 

[先行技術調査結果]

配列番号3で表されるポリヌクレオチドと相同性の高い塩基配列は知られていない。

 

有用性

実施可能要件

新規性

進歩性

総合

JPO

×

×

×

×

EPO

×

×

USPTO

×

×

×

JPO

産業上利用性―ポリヌクレオチドが糖タンパク質をコードする遺伝子の一部であるとの記載は、DNA断片の産業上利用性の判断に影響しない。

進歩性―ヒト肝臓などの材料を選択し、cDNAライブラリーを構築することに技術的困難性はないから、当業者が慣用方法でcDNAライブラリーを作ることやそのライブラリーからランダムに得たcDNA配列を自動シーケンサーで分析することは自明である。また、DNAは糖タンパク質をコードする遺伝子の一部と推定されるだけで、DNAの機能や生理活性に関する記載もない以上、DNAの有利な効果を認識できない。

EPO

産業上利用性―事例Aに同じ。

実施可能要件―事例Aに同じ。

進歩性―具体的DNA配列でコードされるアミノ酸配列からなる糖タンパク質部位は、予期しない機能や意外な技術効果を示さない。

USPTO

有用性―配列番号3のポリヌクレオチドは事例Aの考察で述べたのと同じ理由から有用性がない。ポリヌクレオチドが糖タンパク質をコードする構造遺伝子の一部であるという事実は、具体的有用性を証明するには充分でない。

実施可能要件―配列番号3のポリヌクレオチドは事例Aの考察で述べたのと同じ理由から実施可能要件を欠いている。

 

 

事例D

[請求項]

配列番号4の塩基配列からなるポリヌクレオチド。

 

[発明の詳細な説明]

請求項に記載されたポリヌクレオチドは、Y病の患者の肝細胞においてのみ対応するmRNAが発現されている長さ500塩基のcDNAである。したがって、Y病診断用プローブとして使用することができる。

 

[先行技術調査結果]

Y病患者に特有のDNAや配列番号4で表されるポリヌクレオチドと相同性の高い塩基配列は知られていない。

 

有用性

実施可能要件

新規性

進歩性

総合

JPO

EPO

USPTO

三極特許庁とも拒絶理由がないとした。

 

 

 

 

 

 

 

事例E

[請求項]

配列番号4の塩基配列を含むポリヌクレオチド。

 

[発明の詳細な説明]

事例Eは、事例Dと請求項における「含む(comprising)」と「からなる(consisting of)」という表現においてのみ異なる。

 

 

有用性

実施可能要件

新規性

進歩性

総合

JPO

×

×

EPO

USPTO

JPO

実施可能要件―本発明は、配列番号4のDNAとともに長い非特異的配列を含んでいる。生物学の分野では、一定のDNAと一部特異的であるが、他の長い部位がDNAと非特異的であるポリヌクレオチドは、特定のヌクレオチド配列を検出するための診断プローブとして使用できないというのが常識である。その理由は特異的部分が対応するDNAとハイブリダイズするのを非特異的部分が妨害し、ヌクレオチド配列全体がDNAとハイブリダイズできないことにある。請求項中に長い非特異的配列を含むポリヌクレオチドは診断用プローブとして使用できず、したがって、請求項の発明は実施可能要件を満たしていない。

EPO

産業上利用性―事例Aに同じ。

実施可能要件―事例Aに同じ。発明性を判断する際には、comprisingconsisting ofとを区別しない。配列番号4は、500塩基の長さを有し、Y病診断用プローブとして有用である記載されている。配列番号4を含むDNA分子は、プローブとして適するために無制限な長さを持たず、所期の目的にかなう長さを有するのは自明である。

進歩性―事例Dに同じ

USPTO

実施可能要件―請求項に記載のポリヌクレオチドは、事例Dに記載されたものより範囲が広いけれども、Wands因子分析によれば請求項はその全範囲を可能とする。

実施可能要件―配列番号4のポリヌクレオチドは、事例Aの考察で述べたのと同じ理由から実施可能要件を欠いている。

 

 

事例F

[請求項]

配列番号2で示されるポリヌクレオチドを含む構造遺伝子。

 

[発明の詳細な説明]

事例Fは、事例Bと、請求項における「含む遺伝子」と「からなるポリヌクレオチド」という表現においてのみ異なる。

 

 

有用性

実施可能要件

新規性

進歩性

総合

JPO

×

×

×

EPO

×

×

USPTO

×

×

×

JPO

実施可能要件―請求項に記載された発明の全長DNAを実際に得るために、当業者が全長DNAを含むcDNAライブラリーを構築するなどの、過度の実験が必要となる。

EPO

産業上利用性―事例Aに同じ。

実施可能要件―事例Aに同じ。

進歩性―事例Bに同じ。

USPTO

有用性―配列番号2のポリヌクレオチドを含む構造遺伝子は、事例Bで述べたのと同じ理由から有用性がない。ポリヌクレオチドが糖タンパク質をコードする構造遺伝子の一部であるという事実は、具体的有用性を証明するには充分でない。

実施可能要件―配列番号2のポリヌクレオチドは事例Bで述べたのと同じ理由から実施可能要件を欠いている。

 

 

 

(2)発明の単一性

事例G

[請求項1]配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド。

[請求項2]配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド。

[請求項11]配列番号11で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド。

 

[発明の詳細な説明]

請求項1〜11に記載されたポリヌクレオチドは、ヒト肝臓cDNAライブラリーから得られた500塩基のcDNAである。

 

これらのポリヌクレオチドは、全長DNAを得る一段階においてプローブとして使用することができ、一方、対応するタンパク質の機能や生理活性は記載されていない。

 

これらのポリヌクレオチドは互いに相同性が高くない。

 

単一性

JPO

×

EPO

×

USPTO

×

JPO

ヒト肝臓に由来する既知のポリヌクレオチドは非常に多いので、これらのDNA断片が同一の源に由来するという事実は、解決すべき同一の技術課題を有することを意味しない。したがって、請求項に記載されたポリヌクレオチドは互いに相同性が高くない以上、請求項に記載されている実質的部分は同一と言えない。

EPO

請求項は、機能が未知で互いの相同性が低い11個の完全に異なるDNAに関する。発明に寄与する、1〜11のDNAに付随する1個以上の共通する技術的特徴の存在する必要がある。それがないので、単一性を認識できない。

USPTO

11個のポリヌクレオチドが互いに相同性が高くないので、発明の単一性を有していない。

 

 

事例H

[請求項1]配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド。

[請求項2]配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド。

[請求項11]配列番号11で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド。

 

[発明の詳細な説明]

請求項1、11に記載されたポリヌクレオチドは、ヒト肝臓cDNAライブラリーから得られた500塩基のcDNAである。

 

対応するアミノ酸配列はグリコシル化部位を有していることから、それらのポリヌクレオチドは糖タンパク質をコードする構造遺伝子の一部であると推定され、これらのポリヌクレオチドは、全長DNAを得る段階の一つにおいてプローブとして使用できる。

 

これらのポリヌクレオチドは互いに相同性が高くないとする。

 

単一性

JPO

×

EPO

×

USPTO

×

JPO

糖タンパク質をコードするポリヌクレオチドは非常に多いので、これらのDNA断片が同一源に由来することは、解決すべき同一の技術課題を有することを意味しない。したがって、請求項に記載されたポリヌクレオチドは互いに相同性が高くない以上、請求項に記載されている実質的部分は同一と言えない。

EPO

事例Gに同じ。DNA配列1〜11によってコードされるアミノ酸が糖タンパク質の潜在部位を含有するという事実は、単一性の検討に影響しない。

USPTO

11個のポリヌクレオチドが互いに相同性が高くないので、発明の単一性を有していない。

 

 

事例I

[請求項1]配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド。

[請求項2]配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド。

[請求項11]配列番号11で表される塩基配列からなつポリヌクレオチド。

 

[発明の詳細な説明]

請求項に記載されたポリヌクレオチドは、Y病の患者の肝細胞においてのみ対応するmRNAが発現されている長さ500塩基のcDNAであり、Y病の診断用プローブとして使用することができる。

 

これらのポリヌクレオチドは互いに相同性が高くなくない。

 

[先行技術調査結果]

Y病の患者に特有のDNAは知られていない。

 

単一性

JPO

EPO

USPTO

×

JPO

全請求項に記載の発明は、Y病患者のもつ特定DNAに関係しているので、産業上の利用分野は同一と考えられる。そして、全請求項に記載の発明は、Y病患者に特有のDNA複数群を最初に提供するという解決すべき同一課題を有する。

EPO

それぞれのDNA配列は、具体的なY病の解決と関連している。したがって、異なるDNA配列を関連づける共通する一発明概念が存在する

USPTO

11個のポリヌクレオチドが互いに相同性が高くないので、発明の単一性を有していない。詳細な説明の記載は、発明の単一性に関する請求項の解釈に影響しない。